SDE法の方が事業価値が高くなる場合

親記事
 

EBITDAマルチプルよりSDEマルチプルの方が事業価値が高くなる場合

SDE倍率法はEBITDA倍率法よりも低めにでるケースが多いですが、その逆もあります。

それは、EBITDAがゼロまたは極端に低い場合です。

例えば、スモールビジネスでEBITDAはプラスマイナスゼロ付近だけど、役員報酬(オーナー報酬)を、それなりに支給している場合です。
この場合、EBITADAが十分に小さいので 「SDE倍率法による評価 > EBITDA倍率法による評価」、となります。

破産前事業譲渡の場合、破産前会社は営業赤字であることが多く、減価償却等を考慮しても、EBITDAがマイナスの場合もあります。EBITDAがマイナスであれば、事業価値はゼロ*1と言い切っていいでしょうか。

EBITDAが絶対の指標と思っている方もいますが、そうではありません。単にEBITDAという指標がその事業の価値算定に不適切な指標だ、というに過ぎません。

例えば、EBITDAゼロ事業が、破産前事業譲渡で、そのオーナー親族や密接関係者に、ゼロ円で事業譲渡された場合、それは詐害行為にあたるでしょうか。破産債権者が期待すべき価値はゼロなのでしょうか。

ケースバイケースであることは大前提ですが、その場合でもSDE法によって価値をプラスに観念できる場合には、詐害行為と認定される可能性はあります。
 
では人的関係もない第三者にゼロ円譲渡された場合はどうでしょうか。
これもケースバイケースであることは大前提ですが、第三者が純粋な投資としの値付けであれば、ゼロでもやむを得ない可能性はありますが、その投資をすることの合理的な説明が必要でしょう。

*1 : こういう法律家は意外に多い

破産前事業譲渡のケース別リスク

ざっくりと(あくまでもざっくりと)まとめると以下となります。
小規模事業者の場合です。
 
譲受先業務従事詐害行為リスク
親族元オーナー大大
新オーナー
第三者小~中
第三者元オーナー
新オーナー中~大
さらに第三者
 
ただし、詐害行為については、SDEマルチプルによる事業価値だけではなく、移転する資産の時価、引き受ける債務、引き受ける従業員・リース契約など、多方面の検討が必要となります。また、譲渡先の選定に関する相当性も必要となるでしょう。
 
この多方面からの検討はとても大切なのですが、本論からはずれるので、別のコラムとしたいと思います。

SDEっぽいことをする日本のM&A業者

親記事

日本のM&A業者はSDEを使っている?

日本のM&A仲介業者の提案書や企業概要書をみていると、元の経営者が引退等の理由で買収後に事業にかかわらない場合、その経営者の報酬をEBITDAにプラスして、修正EBITDAとして記載している例をみることがあります。
 
理由としては、「経営者は引退の意向であり、その役員報酬は今後発生しないため」とか記載されています。

意図としては、EBITDAを大きくみせたい、ということが推測されます。

しかしながら、買収した先では、元の経営者と同じ役目をする人が必要なわけで、相応の報酬は必要になるわけです。元の経営者が引退して、その報酬が不要となっても、同程度の報酬が必要な新たな人を手配する必要があるのが原則的な考え方です。
 

SDE対EBITDA

以下は、SDE、EBITDA、調整後 EBITDA の違いをまとめたグラフです。
調整SDEEBITDA調整後EBITDA
利息(I)含まれる含まれる含まれる
税金(T)含まれる含まれる含まれる
減価償却費(DA)含まれる含まれる含まれる
オーナーの報酬含まれる含まれません含まれません
非経常収益と費用含まれる含まれません含まれる
営業外収益および費用含まれる含まれません含まれる
出所:morganandwestfield.com
この表のとおり、調整後EBITDAとSDEの違いは、オーナー報酬ですので、オーナー報酬*1をEBITDAに足したものを修正EBITDAと称してはいけません。それはSDEです。

*1 : 会社負担社会保険料等も含まれる

修正EBITDAにオーナー報酬(旧経営者報酬)が含まれていたら

苦笑いしましょうww。

SDE倍率法が日本ではあまり使われていない理由

親記事

SDE倍率法が日本ではあまり使われていない理由

SDE倍率法は、アメリカでは盛んに用いられており、ポピュラーですが、日本ではあまり積極的には使われていないようです。

GeminiとChatGTPに調査してもらいました。
  1. 日本の企業価値評価の慣行が、税務・法制度に強く影響されているため
  2. 米国の中小企業M&Aと日本の事業承継・M&Aの目的と構造が異なるため
  3. 評価指標としてのSDEの概念が、日本の会計・ビジネス文化と合致しにくいため
  4. 適切な倍率の算出に必要な市場データの不足と情報の非対称性があるため
  5. 用語の混同が生じやすいことと、評価の客観性・透明性への懸念があるため
Gemini-日本でSDEマルチプルが普及しない理由
  1. 評価手法の慣習の違い
  2. 買い手の属性とオーナー依存度に対する考え方
  3. オーナー報酬・裁量経費の調整と買い手の受け入れ姿勢
  4. SDE倍率法に関するデータ不足と代替評価手法の存在
ChatGTP-日本でSDEマルチプルが普及しない理由
 
わかったようなわからないような。
どれもしっくりこない理由です。

日本では、アメリカと異なり、一般個人が事業や会社を購入することが少ない、というのは想像がつきます。
そこには文化的背景があり、アメリカは自分のビジネスとしてリスクを背負い、より多くの利益を狙う傾向があるが、日本は、いわゆるサラリーマン化しており、自分はリスクは負わないで(自分の才覚を当てにしていない)、安全に利益が欲しいので個人で事業・会社を買う人が少ない、だからSDE倍率の傾向も低くなりがちで、売り手にとって魅力的な価格とならず、ディールが成立しない、と私は考えています。

また、銀行の融資がつきにくいのも理由のひとつでしょう。

個人で事業を買いたい人、個人に事業承継で売りたい人、などが価格を検討する際に採用の余地のある方法ですし、日本でも、いずれはメジャーになるのでは、と勝手に思っています。

もうひとつの理由として、日本の中小企業M&Aでよく使われている年買法よりも事業価値が低め導出される傾向があるので、売り手側やM&A業者が使いたくない、というのもありそうです。

SDE倍率とEBITDA倍率の違い

親記事

SDE倍率とEBITDA倍率の違い

事業・会社の売り手として「SDEはEBITDAに経営者報酬もプラスするのだから、キャッシュフローが大きくみえていいじゃん!」と考えるのは浅はかです。

SDE倍率法が使われる局面は、購入した新オーナーは自らフルタイムで稼働するか、事業構造を変革し、自動運転できるようにする才覚が必要という前提で使われるものです。つまり、買った後も大変なんです。経営者としての大変さと、現場マネージャーとしての大変さがあります。

一方で、EBITDAが使われる局面は、(前オーナーが残るかどうかで場合分けされますが原則として)、半自動運転が可能であり、買った後は経営者として大変であっても、現場のプレイングマネージャーとしての大変さはありません。

上記を考えれば
  • SDE倍率 < EBITDA倍率
となるのは、容易に想像が付きますね。
稼得キャッシュフローが大きくみえても、評価倍率(マルチプル)が小さいので、結論としては、評価は下がる方向にいくことが多いです*1
 
ということで事例紹介です。

SDEとEBITDAの倍率

売り手の裁量利益の倍率は通常 2~3倍の範囲ですが、会社の SDE が 100 万ドルに近づくと 4倍にまで上がることがあります。

収益が 100 万ドルから200 万ドルの場合、ビジネスは EBITDA の 3 倍から 6 倍の価格で売却される可能性があります。

会社の EBITDA が 200 万ドルを超える場合、EBITDA の 4 ~ 7 倍で売却される可能性が高くなりますが、会社の規模や業種によっては 7 倍を超えることもあります。

2020年第3四半期に売却されたこの規模の非公開企業の平均倍率はEBITDAの4.4倍でした。
midstreet.com
会計事務所のSDE倍数
平均SDE倍率範囲:1.81倍~3.25倍
平均EBITDA倍率範囲:2.99倍~4.45倍
https://www.phoenixstrategy.group/
エンジニアリング会社が売り手の裁量利益 (SDE) に対してかける典型的な乗数は 3 倍から 5 倍です。
EBITDA:エンジニアリング事業の典型的な EBITDA 倍率は、企業の EBITDA の範囲に応じて 4.1 倍から 9.1 倍です。
exitwise.com

*1 : もちろんケースバイケース

SDE倍率の算定

親記事

SDE倍率の決め方

理論的な決め方と経験則による決め方がありえますが、アメリカでは多くの事例が存在し、信頼できる相場があります*1

https://www.choicebizops.com/small-business-valuation/multiple-of-sde/
に参考となる目安があり、以下のとおりです。
SDE規模(年間)適用倍率レンジ
~100,000ドル未満1.2~2.4倍
100,000~500,000ドル2.0~3.0倍
500,000~1,000,000ドル2.5~3.5倍
1,000,000ドル超 (EBITDAへ移行検討)3.5~5.5倍
考え方からして、EBITDA倍率よりも低くなります。
事業の業種によっても変わりうることとなります。

SDE倍率法で算出された事業価値から、引き継ぐ有利子負債を控除して*2事業価値を算出します。
こちらの会社は、ローン審査用の評価もやっているようで、信頼できると思います。
SDE倍率の業界平均
弊社のSBA融資取引データベースによれば、小規模ビジネス全体のSDE中央値倍率は約3倍です。弊社が鑑定した取引事例では、全業種のSDE倍率レンジは約1.5倍~4.0倍(年間売上高5百万ドル未満の中小企業が対象)となっています。
Reliant Business Valuationの解説ページ
SDEは、中小規模の機械工場にとって最も一般的な指標の一つです。これには、利益に加え、オーナー報酬やその他の裁量的費用が含まれます。機械工場の場合、SDE倍率は通常2.0倍から3.5倍の範囲です。実際の数値は、収益の安定性、設備の品質、顧客集中度によって異なります。
Equitest
こちらの会社は建設会社だけでなく、他の業種のSDEも記載しています。
建設会社の SDE 倍率は通常、SDE の 2.15 倍から 2.85 倍の範囲です。
Peak Business Valuation

実践

私は、2~3倍を基本とし、そこに他の要因による調整を加えたりします。
どのようにしているかは企業秘密wwです。

*1 : とはいえレンジは広い

*2 : その他の調整項目もあります。

倍率の大小を検討する材料例

https://www.choicebizops.com/small-business-valuation/multiple-of-sde/ より

高倍率を正当化する事業属性

  • 安定した成長と収益性の実績
  • 10年以上の事業継続
  • 十分な有形資産価値
  • オーナーの引退売却
  • 不在オーナー体制
  • 安定した経営チーム
  • 長期的な優良従業員・顧客
  • 多様で広範な顧客基盤
  • 明確な競争優位性
  • 独自または排他的な製品
  • 明らかな成長機会または改善余地
  • 会計帳簿が極めて整備されている
  • 最新設備および優良な施設状態
  • 好条件のリース契約または不動産所有
  • 魅力的な立地
  • 高い需要の事業(製造、流通、BtoBサービス)
  • 有利なオーナーファイナンス
  • 売却動機が分かりやすい

低倍率を正当化する事業属性

  • 収益性の実績が不安定
  • 3年未満の事業年数
  • 有形資産価値がほとんどない
  • オーナーが業務に不可欠(専門職・コンサルティング)
  • 家族やパートナーの運営関与が大きい
  • 従業員数が少ない、または離職率が高い
  • 顧客基盤が狭く、一部顧客に依存
  • 市場参入障壁が低い
  • 明確な成長機会や運営改善余地なし
  • 会計記録が不透明
  • 設備が老朽化しており更新や多額の保守が必要
  • 資本再投資やメンテナンスが先送り
  • 施設が散在・運営に適さない
  • リース条件が不利
  • 魅力に欠ける立地
  • 需要の低い事業(小売、バー、レストラン、パーソナルサービス)
  • オーナーによる資金提供条件が不利、全額現金売却
  • 売却理由が不明確
上記は、調整項目の例ですが、事業やオーナーの役割をよく理解して合理的に専門家としての判断をする必要があります。

日本での相場

日本では信頼できる相場情報はありませんが、結局は買う人と売る人のせめぎ合いなので、アメリカの事例と大きくは変わらないとみています。
違いがでてくるとすれば、税制と融資の付きやすさ、であろうと考えています。